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諏訪簡易裁判所 昭和50年(ハ)17号 判決 1975年9月22日

原告 トヨタオート長野株式会社

右代表者代表取締役 内山忠二郎

右訴訟代理人弁護士 鈴木敏夫

被告 更生会社五味縫製株式会社管財人 木嶋日出夫

右訴訟代理人弁護士 松村文夫

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、当事者の求めた裁判

1  原告

(一)  被告は原告に対し、別紙目録記載の自動車一台を引渡せ。

(二)  被告は原告に対し、昭和五〇年五月二四日から前項の自動車引渡しに至るまで、一日金四、四〇〇円の割合による金員を支払え。

との判決。

2  被告

主文同旨の判決。

二、当事者の主張

1  原告の請求原因

(一)  原告は自動車の販売を業とする会社であるが、昭和四九年二月一二日別紙目録記載の自動車一台を、次のとおり更生会社五味縫製株式会社(以下更生会社という)に売渡した。

(イ) 代金 七八万六、二九〇円。

(ロ) 更生会社は、現金六万二、八九〇円を原告に支払い、且つ右会社所有の中古車を、一七万円と評価して原告が下取する。

(ハ) 代金差引残額を五五万二、四〇〇円として、昭和四九年三月から毎月末日限り金四万六、〇〇〇円宛(第一回は四万六、四〇〇円)を、一二回に分割して支払う。

(二)  本件売買契約においては、代金が完済されるまでは、自動車の所有権は売主に留保され、割賦代金の支払いを一回でも怠たるときは、分割弁済の期限の利益を失い、残額を一時に弁済するか、又は債務の支払いのため、自動車を原告に引渡さなければならない約束である。ところが、更生会社は、昭和四九年九月以降の月賦金の支払いをしない。

(三)  右更生会社は、昭和四九年一二月二六日会社更生法による更生手続が開始され、被告はその管財人に選任された。

(四)  被告は、原告に本件自動車の引渡義務があるが、その引渡請求にもかかわらず、現在に至るまで自動車を引渡さず、同車両を使用している。そのため原告は、一日金四、四〇〇円の使用料相当の損害を受けている。

尚、右損害額は、本件自動車と同種類のレンタカー一日の使用料に相当する。

(五)  よって、原告は被告に対し、自動車の引渡しと、本訴状送達の翌日である昭和五〇年五月二四日から、右自動車引渡しに至るまで、一日金四、四〇〇円の割合による損害金の支払いを求める。

2  被告の答弁及び主張

(一)  請求原因第一、二、三項は認める。第四項の自動車を引渡していないことは認め、その余は否認する。

(二)  被告の主張(要旨)

(1) 自動車を所有権留保約款付で割賦販売契約をなし、買主が自動車の引渡しを受けた後に代金支払を残して、買主につき会社更生手続が開始された場合には、売主には取戻権はなく、残代金について、更生担保権者に準じてその権利の届出をして、更生手続によってのみ権利を行使すべきものである。

(2) 自動車の所有権留保の割賦販売は、その実質上の権利関係は、いわゆる譲渡担保といわれるものに類似する。

そして、譲渡担保においては、債務者において会社更生手続が開始された場合、譲渡担保権者は、会社更生法上取戻権はなく、更生担保権者に準じて、更生手続によってのみ権利行使すべきものであることは、最高裁の判例でもある。

(3) 更生会社においては、所有権留保売買のような譲渡担保類似の債権者に、取戻権を認めると、企業の維持、更生が妨げられること、更生計画上、譲渡担保権者には、他の更生担保権者以上に有利な取扱いをする手段もあること、会社更生法では、担保権者でさえ更生計画によらなければ、弁済が受けられないこととの均衡からも、本件の場合も又、更生担保権者として弁済を受けるべきであった。

(4) 原告は、更生債権として届出るよう再三催告したが、債権届出期日までに届出をしなかったものである。

従って、原告の債権は、会社更生法上既に失権したものであるから、原告の本訴請求は失当である。

3  原告の反論

被告の右主張は争う。

自動車の所有権留保売買においては、代金完済まで売主がその所有者であり、買主は使用者にすぎない。従って、買主について更生手続が開始されても、同人に所有権が移転することはない。

譲渡担保権者、その他の担保物権者は、本件原告の権利より弱い権利者で、それを同一に取扱うことはできない。

三、証拠≪省略≫

理由

請求原因については、本件自動車につき、被告に引渡義務があるか否か、換言すれば、所有権に基づく原告の被告に対する本件自動車につき、取戻権の存否に関する主張以外の事実は、当事者間に争いはない。

そこで、本訴では、自動車の割賦販売で、売主に所有権留保がなされている場合、買主の分割弁済が遅延し、代金の一部が支払われない状態で同人につき会社更生法による更生手続が開始されたときは、その目的物件を、売主が所有権に基づいて取戻権を行使できるかが争点である。これにつき、肯定説、否定説、会社更生法一〇三条の双務契約の未履行の問題として処理すべきだとする三つの見解が考えられる。当裁判所は、否定説を採用する。すなわち、売主たる原告に取戻権はないと考える。その理由は次のとおりである。

所有権留保売買は、割賦売買において、代金完済まで所有権を売主に留保する旨の特約を、売買契約と同時に締結するものである。売主としては、代金債権が分割して弁済されるから、債権を担保するため、最も簡便で実効を収める手段として煩瑣な他の担保物件を設定しないで、売買契約に際し、所有権留保の特約をするのである。つまり、割賦売買における所有権留保という形態は、その実質は、債権担保の手段にすぎない。契約の実質に即してみれば、売主から買主に一旦目的物件の所有権を移転し、次いで、買主から売主にその物件を譲渡担保に供する関係と同じであるということができる。

これを本件についてみれば、≪証拠省略≫によると、次の事実が認められる。

売主たる原告が、買主たる更生会社に本件自動車を売渡し、その代金は一二回の分割払いとし、それが完済されるまで自動車の所有権は、原告に留保するという約束であったこと、その割賦金の支払いを一回でも遅延し、期限の利益を喪失した場合は、売主の担保権保全のため同人に自動車を一時引渡すべきものとされたり、自動車による弁済条項では、買主の債務の決済について、余剰金があるときは、それを売主から買主に返還すべきものとされていること、自動車の公租公課の買主負担条項等の、割賦販売約款がある。これらの事実から考えると、所有権留保というのは、代金債権担保のためであることが明らかであり、その実質は、前述した譲渡担保と変りがないといえる。

そして本件では、六回まで分割弁済が完了している。

そうすれば、本件自動車の代金債権も、他の担保物件と同様更生会社に対し、更生担保権に準じて更生債権として届出て、更生手続によって、弁済を受けるほかないものと解する。

もっとも、譲渡担保自体、これを、更生担保権に準じて取扱うべきかにつき議論がある。この点については、会社更生法の立法理由、他の担保物権との比較からその公平上積極に解すべきものと考える。

以上により、所有権に基づき本件自動車の取戻権があるとする原告の主張は、その前提を欠き失当といわざるを得ない。従って、その余は判断するまでもなく、原告の請求は、理由がないから棄却する。

訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 田中久丸)

<以下省略>

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